体験記その2: 三雲禅堂の50年

「三雲禅堂の50年」R.H.さん

私にとって鎌倉の三雲禅堂は重荷を抱えふさぎ込んだ⼈が⼊ってきて、解放され元気を取り戻して出てゆく「若さの泉」です。そこは⼈が本来の⾃⼰に導かれ、その新たに⽬覚めた命が育ってゆくところです。

これが可能となるのは我々弟⼦達に伝えられる真実の精神によるもので、それは⼭⽥耕雲⽼師から窪⽥慈雲⽼師に引き継がれ、いま⼭⽥凌雲⽼師によって我々に開かれているものです。そしてこの精神のために必要で最適な庇護の場所として、耕雲⽼師の奥様の慈しみに満ちたご尽⼒によってこの禅堂は開単されたのです。

この⾃由で温かく、優しく慈悲に満ちた庇護所で我々は⼿厚く⾒守られ、⽼師⽅のたゆみないご指導により成熟してゆき、各々の持つ可能性に応じてこの明晰な精神と真の事実を世に運び出すことができる⼈になってゆくのです。

私にとって⼈⽣のターニングポイントは三雲禅堂に最初に⾜を踏み⼊れた⼀九七五年⼗⽉三⼗⽇でした。すべての物が私には親しく、まるで我が家に帰ったような感じでした。道路の端でたまたまドアを開け、突然王様の宮殿に踏み込んだホームレスのような気分です。そしてその王様には⾃分の魂の底まで認められると感じます。それは私には圧倒的破壊⼒で、そして同時に解放的な感覚でした。

これは⾃分の⼈⽣に意味を⾒出し、⾃分の中に確固たるものを⾒つけるためにもこの機会を活⽤しなければならない、という事がすぐにハッキリしました。

しかし⽇常の⽣活状況、私にとってまったく未知で不慣れな国での⽣活、そして坐禅していると浮上してくる⾁体的、感情的な苦痛にふれると最初の熱情はやがて蒸発してしまうのです。

それでも⽼師⽅の明晰で妥協を許さない、そして忍耐強いご指導をいただいたこと、奥様がお気遣いくださり胸襟を開いて私たちに接し、特に私たち外国⼈にとって家庭とも⾔える⼩社会を創ってくださったこと、そして禅友達との⽀えあいやお⼿本となる⾏動、特に禅の姉に当たるウルスラ・オクレさんには毎⽇の坐禅とともに彼⼥の忍耐⼒やブレのなさ、これらすべてに内外両⾯からの⽀えを体験させてもらえましたし、私は正しい所にいる、正しい道を歩めているとの確信を取り戻させてもらえました。

私の歩む道は徐々に明るさを増していきました。それにしても⼭⽥凌雲⽼師が私たちのために禅堂を維持してくださり、私たちが毎⽇⼩グループで坐禅ができ、接⼼や坐禅会に参加させていただけるということ、そして禅道修⾏の⽬的、つまり本当の⾃⼰を⼿に⼊れるために凌雲⽼師の独参や提唱を何回となく受けられるということに今もって感謝の念を禁じえません。

真実の精神をこの世にもたらした釈迦牟尼仏に深甚なる謝意を表したいと思います。またその精神を体現し、苦悩の中に⽣き抜かれたイエス・キリストにも同じ感謝を捧げます。イエス様の⾔葉は禅体験を通して私の中で突然命の輝きを取り戻し、私だけでなく本当の⾃⼰への道を真剣に歩み始めた⼈、そしてそれを悟り、体現しようと努⼒し続けるすべての⼈々に、⾟い時、慰安と⾃信を与えてくださいます。

このことを修するのに⼀番ふさわしい場所が鎌倉の三雲禅堂なのです。