管長のメッセージ
凌雲⽼師からのメッセージ
真の本性には実体がありません。それは時間の尺度を超越しており、また全宇宙と⼀体なのです。
禅とは、この真の⾃⼰の本性を追求し、それを明らかにすることに他なりません。もし私たちがこの探求を真剣に、執拗に追求すれば、私たちは釈迦牟尼佛が2400年以前になしたと同じ発⾒にたどり着くことができます。
「三宝さんぼう」という語はどういう意味なのか、とよく尋ねられます。「三宝」とは「三つの宝」という邦語です。その三つの宝とは「佛」(ブッダ)、「法」(ダルマ)、「僧」(サンガ)を指します。これらの⽤語には古典的な定義もありますが、ここでは、「佛」「法」「僧」とは、真の⾃⼰を表すもう⼀つの呼び名に他ならないと申し上げておきます。
「三宝さんぼう」という語はどういう意味なのか、とよく尋ねられます。「三宝」とは「三つの宝」という邦語です。その三つの宝とは「佛」(ブッダ)、「法」(ダルマ)、「僧」(サンガ)を指します。これらの⽤語には古典的な定義もありますが、ここでは、「佛」「法」「僧」とは、真の⾃⼰を表すもう⼀つの呼び名に他ならないと申し上げておきます。
私たちは、この事実を直接的な体験によって把握しなければなりません。そうでなければ、⼈は真の⼼の平安を得ることはできないのです。この体験に到る道が「坐禅」です。必要なのは座蒲団⼀揃いと、真の⾃⼰を発⾒しようとする意志と忍耐⼒だけです。
禅には、たしかに規律と規則的な修練が必要ですが、この努⼒の成果は真の⾃⼰に安らぐことで味わえる、永続する⼼の平安です。これは何物にも替えがたいものです。
三宝禅の活動に関して⾔えば、最も重要なのは「坐る」ことです。公案の究明でも提唱(講義)の理解でもありません。お経を唱えることや、禅堂の規則を厳守することでもありません。
「ただ全⼒で坐る」ことの⼤切さ、その素晴らしさを忘れることなく、三宝禅のさらなる発展のために、皆さんのご協⼒を得て、全⼒を尽くしていきたいと思います。
これからも、共に「法ダルマ」を護まもり、⽀えて参りましょう。